
アンドリューさんは、トレイルウォーカーの参加者として、同時にオックスファム・トレイルウォーカー事務局のフォーカスグループの一員として、この二年間、日本のトレイルウォーカーのコースを設定する作業に協力してくださいました。アンドリューさんは、色々なスポーツの愛好家で、Tokyo Hash House Harriersという“ランニングの話題をサカナにお酒を楽しむ”ランニングクラブにも所属しており、ファンドレイジング活動を楽しく行いたいと考えていました。
■Q0:アンドリューさんはファンドレイジング活動を成功させるために、様々な努力をしています。彼の経験やアイデアのいくつかを伺いました。
アンドリュー:
多くの人が、日本ではオックスファムのために寄付を集めてまわることはとても難しいのではないかと言っていました。あるとき、私は、誰かが退職するときや、結婚するときなどに、いつも会社から1000円程度の額を少しずつカンパするように頼まれることを思い出しました。このようなことはイギリスでは全然行われません。一方で、イギリスでは、「オックスファムのため」、といえば、人々は喜んで寄付をくれます。
このような文化の違いもあると思って、私は、日本の人たちにファンドレイジングをお願いする時に、イギリスのように「オックスファムに寄付を」、と言ってお願いするのではなく、少し困っている家族や会社の同僚を助けるようなつもりで、協力をお願いしようと考えました。家族や同僚という考えをちょっと広げて、アフリカで水を必要としている人や、津波の被害にあった人々まで考えてもらおうと思ったのです。
しかし、神戸に住む友人が、ファンドレイジングパーティーをバーで開催してもらい、さらにロックバンドに無料で演奏をお願いするなどして、自分の参加チームのためにファンドレイジング活動を行っているという話を聞いて、ファンドレイジングは楽しいものなのだ、と気付いたのです。

自分ができる楽しいイベントとして、BBQパーティーがあります。私は友人達を招待し、色々な食事を用意すると共に、各自でも食事や何かを持ち寄ってもらうパーティーを開きます。時には、私が全部用意する代わりに、会費として2000円を払ってもらうというようなこともしています。私はこれがオックスファムの為のファンドレイジングのBBQイベントであることを伝え、3000円程度、勿論もっと多くてもいいこととして、好きな額で参加してもらうようにしました。私も含め、皆BBQパーティーを楽しむことができました。
ファンドレイジングを目的としていたため、ファンドレイジングに貢献できそうな人たちを招待しましたが、実際には、多くの収入を得ている人より、収入の少ない人のほうが、多額の寄付をしてくれるということがありました。ひとりの日本人の女性が恥ずかしそうに数枚のお札を寄付してくれたのですが、そのうち少なくとも一枚は一万円札だったということもありました。
そのため、私は少人数の多額の寄付より、大人数の小額の寄付を集めるというオックスファムの考えを受け入れようと思いました。だから、もし裕福な人が500円しか寄付をくれなくても、それはいいことなのです。実際のところ、もう少しくれないかとお願いもしたのですがね。
■Q1:どうしてトレイルウォーカーに参加しようと思ったのですか?
オックスファムが日本でトレイルウォーカーを開催することを決めた二年前に、何か手伝ってくれないかという話が来ました。私はすでにオックスファムの活動のことを知っていたので、そのオファーを受けることにしたのです。
■Q2:どのようにファンドレイジングしましたか?
BBQパーティーに来てくれた皆が寄付をくれました。
同時に、いくつかの会社を訪れ、自分のチームの「ネーミングライツ」を買わないかとお願いしました。最も大きなお金を寄付してくれたチームの企業名を、自分たちのチーム名にすることにしようとしたのです。命名権を買おうとしてくれるチームはいませんでしたが、どの企業も寄付はくれました。また、もしどこかからお願いが来たら、その企業のネームの入ったTシャツを着て参加しようと思っていました。
■Q3:人々はファンドレイジングイベントにどう反応しましたか?
みなさん楽しくパーティーを過ごし、十分な寄付をくれました。もしもっと彼らにお願いしたら、もっと沢山集めることができたかもしれません。例えば、寄付でもらったものや、必要のないものをオークションにかけることもできたでしょう。
■Q4:自分の活動が国際協力につながっていると感じますか?
もちろんです。もっとも力を入れて努力しなければいけないところは、日本の多くの人に、このようなチャリティーイベントの意義を伝えることだと思っています。
■Q5:トレイルウォーカーの参加者へ一言お願いいたします。
オックスファムが日本にやってきたとき、富士山の近くを歩きながら、しかも香港より簡単なトレイルウォーカーを作りたいといっていました。
それは、不可能だと私は言いました。
日本の地形はタフで、トレイルウォーカー・ジャパンはタフなコースにならざるを得ません。参加者の皆さんは、それを扱いこなすほどにタフにならなければなりません。
■トレイルウォーカーを終えて:
トレイルウォーカー・ジャパンから一ヶ月がたちましたが、私たちは今でもトレイルウォーカーの感動を忘れることができません。トレイルウォーカーに参加したすべての人が、ほかでは得ることのできない経験を共有しています。
BBQパーティーを開いたころ、私のチームはメンバーが4名揃っていませんでした。そして、おそらくビールを飲んで気持ちが大きくなって新メンバーに立候補した二人も、その後脱落しました。そして、唯一のチームメイトであった残りの一人も足に怪我を負ってしまい、私は参加を諦めていました。
しかしその後、仕事で参加できなくなった参加者がいる“元気外人”というチームに出会いました。私たちは2回しか現地で練習できませんでしたが、まもなく私は自分が下り坂を走るときを除いては、チームでもっとも遅いメンバーであることがわかりました。
チームリーダーのコリンは、かっこいいTシャツをプリントし、イベント当日に備えました。しかし、イベント当日の朝、チームドライバーが病気になったため、私たちはスタートで荷物のデリバリーの手配をしなければならず、スタートを知らせる号砲が鳴ったときも、まだ荷物の準備に手間取っていました。私たちは間違いなく最後にスタートしたチームでした。
いくつかのコンペティティブなチームは信じられない速さのタイムでゴールしましたが、本当にすばらしいことは、100kmは少々長いけれども、もし望むならば誰でもトレイルウォーカーに参加できるということを、ハイキングや耐久イベントやレースの経験がない一般の人々が証明したことです。山のスロープが急すぎると嘆いている人々は、そのことを肝に銘じなければならないと思います。
私はトレイルを設定する手伝いをしたので、トレイルのすべてを知っており、トレイルが“自分のものである”と感じていましたが、トレイルウォーカーに参加してはじめて、次の3つのことを学びました。
1. 装備、物資の運搬:様々な状況に対応できるウエアを用意することが重要である。また、自分で多くのものを運ばなくても、必要なものを手に入れられるように、運搬の手配をうまくすること。これらは非常に重要である。
2. 食料と飲料:バックパックから継続的に飲料を摂ること、少量のエネルギー食をこまめに食べることが、長距離を歩くためにはきわめて重要である。
3. チームワーク:これは、計画を立てること、リーダーを中心として4人のメンバーがお互いに助け合うことを意味している。
皆さんもお分かりのように、私はこれらの教訓を厳しい道のりから学びました。
私はCP4で夜用のシャツに着替えましたが、その後斜面を登る途中で暑くなり、そのシャツを脱がなくてはなりませんでした。
また、私は十分な食料をとらなかったので、CP 7を過ぎたあたりでエネルギー不足になってしまいました。おそらくチームメンバーたちは、私が夢遊病のようだと思ったに違いありません。
しかし、全体的には私たちはチームとしてうまく機能しました。コリンはセクションごとにタイムの予定を立て、私たちのペースが早過ぎたり遅すぎたりしないよう、確認をしていました。
また私たちは常にお互いが目に見える範囲にいて、私がばててしまったときには、エネルギー食をくれたり、励ましの言葉をかけてくれたり、歩きやすい位置を譲ってくれたりしました。
幸運なことに、私たちはお互いに背負っていく必要はありませんでしたが、メンバーの2人は香港のトレイルウォーカーでチームメイトを背負っていかなくてはいけなかったそうです。
急ぎすぎて早々に疲れ果ててしまったチームや、離れ離れに歩いてお互いに待たなければならなかったチーム、チームメイトをトレイル上に置き去りにしたため、ゴールで失格になったチームなどなどもありました。
的確なペースセッティングのおかげで、最もきつい部分である金時山からの下り坂は金曜日の日中に歩き、最後の三国山と明神山は翌日の朝、明るくなってから歩いたので、雨や嵐を避けることができました。私たちのゴールタイムは20時間23分で、7位でした。私がいなかったら、チームは20時間をきっていたことでしょう。
私にとってトレイルウォーカーにおいてもっとも不思議だったのは、“迷子のパトロール隊(Lost Patrol)” でした。
私たちは金時山を日中の明るいときに歩いたので、私たちの後ろにはしばらく誰もいないことがわかっていました。そのためCP6で香港のチームが走って入ってきたのを見て驚きました。彼らは道を間違え、別の山を登っていたのです。私たちはチェックポイントを出発し、彼らは私たちの後ろを登ってきていましたが、私が後ろを振り返ると、彼らは再び間違った道に進んでいました。
その後彼らが私たちに追いついたのは、とても急で狭い道だったので、彼らは私たちを追い抜くことはできませんでした。この道の頂上近くでは、別のチームが休憩をしていました。“パトロール隊”のリーダーは彼らに出発するように大声で言い、その後私の後ろには8人の人が歩いていました。彼らは疲れ果てており、話もしませんでしたが、ずっと私たちのペースにあわせて歩いたので、背後から彼らのヘッドランプに照らされ、次第に私はうっとうしく感じるようになりました。
そこで“オックスファム製の”下り坂に来たときに、私たちのチームは全速力で走り、ようやく彼らから離れることができたのでした。
